1995年9月1日。私の母である、当時 東村山市議会議員であった朝木明代が何者かによって殺害されました。 

   母・朝木明代議員は1987年から東村山市議会議員として活動し、特に税金の使途監視や福祉問題に力を入れて活動していました。その活動の中で、創価学会の脱会者が受けているいやがらせや人権侵害を問題視し、創価学会による脱会者や被害者の救済活動に取り組むようになりました。

 特に、創価高校で起きた脱会者への退学強要事件は、マスコミでも取り上げられるなどし、その活動は広く知られることとなりました。

 1995年の統一地方選挙でもトップ当選した母でしたが、6月に「万引き」の濡れ衣を着せられ、、9月に東村山駅前のビルから落とされ殺害されました。遺書もなく、靴も履いておらず、落ちるときに悲鳴を上げている等、他殺であることは明らかであるにも関わらず「万引きを苦に自殺」として、捜査機関で幕引きをされました。

 状況から見て、とても自殺とは考えられないことや、母が創価学会批判の急先鋒であったことなどから、当時は創価学会に疑惑の目が向けられ、マスコミでも大きく報道されました。

 しかし、その後、担当検察官が創価学会幹部信者であったことや、遺体には「争った跡」があったこと(事件当時は隠ぺいされていました)等、次々に衝撃的な事実が明らかとなりました。

 当時の東村山警察で捜査担当者であった東村山警察元副署長は、創価系ライターや当時元公明党市議だった人物と共に、事件後20年以上経った今でも、東村山市議会や裁判所に現れ、私たちに裁判を起こしたり、刑事告発したり(すべて不起訴)、未だに私たちにつきまとっています。元捜査関係者が遺族につきまとい、いやがらせを続けるなど、考えられません。これが日本の警察のやることでしょうか。

 詳しくは私と矢野穂積議員の著書「東村山の闇」をお読みいただきたいと思います。(東村山市立図書館にあります)

 私は、生涯をかけて、この事件の糾明に取り組みます。